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仕事、働き方の終焉とは何か【働くことの哲学】

sigoto仕事について

うすけんです。

今回は仕事働き方の終焉についてお話していこうかなと思います。私は働くこと自体は嫌な物悪いものとされるのが嫌とは考えてます。人によってはプログラムを書いているのがゲームをしている感覚と同じ人もいますし、イラストも同じです。

でもそれが仕事になっていれば話は別になります。モチベーションが維持できない人や転職を考えている人、または中高生などなどたくさんの人に読んでほしいと考えております。

そもそも働くことってなんだろう?

  • 生活やお金のため
  • 社会との関わりを持つため
  • 自己実現のため
  • 社会貢献のため

大抵の場合考えられることはこの4つだとは考えられる。だが周りの人をみて思う事は楽しそうに仕事をしていないこと、生活の為やお金の事ばかりに気をとられて仕事を楽しもうとしていないことが私としては気がかりでしょうがない。

どこの国でも仕事は苦痛なもの

現代社会の仕事への捉え方は変わらない人も多い。たとえばフランス語ではtravailと言うがこの語源は拷問器具を意味するラテン語のtripaliumに起源をもつ。こういった語源を辿っていくと仕事は奴隷や拷問などといった呪いのようなものを語源としている国が多い。

私はこれは非常にもったいなく思う、仕事というのは楽しく笑顔でみんなでできるものでなければならないと考えている。

仕事という価値観を変えていくことが大切になる・

お金以外の価値観を仕事に持つ

これは非常に難しいことでもあるが、お金以外の価値観、社会貢献でも自己実現でもいいだろう。そのような価値観を持つことがこれからの時代必要になっていくと考えている。

私自身働き方改革にはあまりいい考えをもっていない、あとはゴールデンウィークの10連休などもそうだ。

むしろ働かせてくれという考えをもてるような職業に就けるように社会は考えていかなけれアバならない。

10連休?ふざけるなという考えをもてるように、社会を動かす必要があると考えている。そうすれば、雇用が増えるしさらにいうと仕事を辞める人も減るだろう。なぜなら自分から進んで働かせてほしいと考えるからだ。

今の日本はお金のみしか考えていない

今の日本の現状はお金に執着し過ぎているというものもある。もちろん不景気だからしょうがない部分もあるが、お金に頓着し過ぎている。

これは非常にもったいない、労働力の無駄遣いだともいえる。たとえば子供のころを思い出してほしい。

こんなゲームができたら楽しいな、またはこんな絵を描きたいなど希望に満ち溢れていた。それはお金に執着していなくて、好きな事をできていたからだ、俗言う自由という考えである。

現代に置き換える

ゲームをつくりたいとなればどうするか、もちろんプログラムを学ぼうとするだろう。でもゲームはプログラムだけではできなくて、グラフィック、音楽、サーバーなど様々な要因があり、完成できる。

でもたいていの場合夢半ばで別な職種に就く人も多いだろう。私はこれがもったいないと考える、なぜなら自分がしたいゲームを作りたいという考えを持ったならばそれを考えることは苦ではないからだ。

こんな音楽でこんなグラフィックで、ここに体力ゲージがあってなど、でも絵が描けないそしたらどうするか。

こんどは逆にグラフィックしか好きじゃない人と協力すればいい、そんな人たちが集まれば立派なゲームの完成だ。そこに仕事が生まれる。

働くことの終焉は雇用されないこと

一度は自分が望むように世界が回れば楽しいと考えたことはあるだろう。だが現実はそう甘くない。でも私はそれがもったいないと考えており、せっかくのアイディア知識をくみ取り、それが仕事になる。そうすればみなが苦労せずに働くことができる。

やりたくもない仕事を頑張るのはおかしくあり、自分が望む仕事に高望みしてもいいと考えている。

最終的にはAIがほとんどの仕事を手伝ってくれ実労働は減ることになることは確定しているが、でもAIが苦手なコミュニケーションやアイディアなどは人間にしかできないことである。

そんな自分が望む働き方ができる世の中に少しずつ近づいていると考えている。

なのでぜひ仕事を悪いものにしないでほしいと思う。

ありがとうございました。

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