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信用と裏切りの話

楽に生きる人生

うすけんです。

皆さんは誰かを信用していますでしょうか?

私はちなみにできる限り人は信用しないように生きようと決めています。

それって悲しいことじゃないかという話もありますが、ぜひどういう考えで信用しないのかその経緯も含めて知ってほしいなと思ってます。

 

信用しない理由

裏切られた過去

私は、小学時代にいつも仲良かった人から無視された経験があります。

そしてあとで知ったのですが、その人からいじめの標的を私にされていました。

それで私は人が怖くなり信用ができなくなりました。

でもこれって考え方によれば、

自分が期待したから裏切られたのではないか?

とも捉えられました。

物差しがあり、相手に対してこれはしてほしいという意識があり、それに満たされなければ裏切られたという感想を得ます。

これって実は自分勝手なんじゃないかなと思っています。

 

信用しない利点

人を信用しないということは期待をしないということです。

たとえば、何かを依頼するとします。

でもちゃんと期限内に終わらないと考えたうえで行動をするのです。

そうするとどうなるかというと

終わらしてくれたら本気で喜べる

だって期待以上の行動をしてくれたんです。

予想以上の成果を上げてくれたんです。

そしたら、どんな行動に対しても上げてありがとうという感想が得られるのです。

これって自分にとってストレスもなくお金もかからず得られるいいことなんじゃないかと思います。

信用しないけどもちろんお話もさせていただくし、楽しく遊んだりもします。

ただ何かを依頼したり、お願いしたりするときは期待を信用をしないのです。

 

自分が信用を失ったら

逆の立場で考えてみましょう。

私がもし信用を失ったらと考えます。

今現在もいろんなところから信用を失ってはいますが、私は特に気にしません。

相手が裏切られたという意識を持つのは申し訳ないとは考えるが、

それも相手の期待が大きすぎただけ

としか思いません。

人間関係の信用なんて、別にその人じゃなければいけない理由もないのです。

失ったらまた別なところで信用されればいいのです。

それでも、ちゃんと一緒に来てくれる人は、嬉しいです。

本当の自分にちゃんとついてくれる人を大事にしていくほうが楽ですからね。

 

まとめ

人間関係の信用なんて自分勝手の意識です。

失っても別なところで信用されればいいし、その人じゃなければならない理由もありません。

生きるだけならそこまで信用されなくても生きられるとも考えております。

信用より自分の好きな事をすること、正しい道を進むことが大事です。

なので、裏切ったら申し訳ないなという感想はいらないのです。

ありがとうございました。

 

 

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